AO FILED RECORDING HISTORY-1
皆様今日は。今月から連載を始めるAOといいます。私の仕事はCM、映画の録音、MIX、そしてPAや大規模な野外STAGEでのSOUND DESIGN、さらにCLUB系のARTISTなどやっています。とにかく音に関しては全部やらないと気が済まないおじさんです。あ、そうそうInter BEE(国際放送機器展)という機材展ではデモンストレーターもやってます。そんな私がFOSTEXさんの御好意でコラムを書く事になりました。毎月定期的に連載する予定になっています。このコラムでは、録音を始める人、または録音に興味があるひと、そしていろいろ経験を積んでいるのだけれど、もう少しつっこんで勉強したいひと等とにかく録音が好きな方に読んでもらおうと思ってます。最近では誰もが手軽に録音したりMIXできる時代になっています。が、本当に音を録音する事を楽しんでいるのでしょうか?私の仕事の基本は楽しむ事。これがない現場はまったく興味がありません。なぜなら“音が好きだから”です。皆さんにも是非音を録音する事を楽しんでもらいたいと思ってます。最初は私のMINI HISTORYみたいなものを何回か書いて、現在の機材にいたるまでの経緯を書いていこうと思います。では、始めます。
Inter BEE2008フォステクスブースで講演中のAOさん。 |
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私の家には何故か小さい頃からオープンリールのテープレコーダーがありました。多分、父の仕事関係の機材だったのではないかと思われます。オープンリールといってもなんだか皆さんには分らないとおもいますが、アナログのテープ、そうカセットテープみたいなものですね。それはカセットとは違いリールと呼ばれる丸いプラスチックのものに巻かれています。幅が6mmくらいの磁性体が塗布されているテープに音を磁化させながら記録していく機械です。磁化するにはヘッドというものが付いていまして、消去ヘッド、録音ヘッド、再生ヘッドがついています。これが3ヘッド方式というもの。テープは一定のスピードで回転しながら供給され、もう片方の巻取るリールに巻かれていきます。私が触ったのはたしか小学校4年の頃・・・というと1966年。これはモノラルで、TAPEは5号リールがかかり、TAPE SPEEDは4.75cm/secと9.5cm/sec。そしてなんとマイクロフォンが付属しておりました。多分ミニモノプラグでつなげていたようですねー。これはSONY TC-222Lというのが似てましたね。これをつかっていろいろな音を録音していました。電池が使えたかどうかはさだかではありませんが、主に部屋の中で録音していたはずです。
その後中学校の頃(1970年代)当時は生録ブーム。雑誌はTAPE SOUNDというのが愛読書でField Recordingの特集がいっぱいあり、当時のあこがれはやはりNAGRA、そのほかNAGRAより軽量なウーヘルとかステラボックスなどのメーカーが、こぞってポータブルレコーダーを出しておりました。高校生の頃に持っていたのがTEACの2CHのテープレコーダー。TEAC A-1400。4track 2chという方式で録音再生できるものです。長時間録音できるように、往復で録音できるようになっていました。6mmのテープを4chに分け、最初は上の2chでstereo録音、テープをひっくり返して次の2chの続きを録音します。いまある2track 2chとは違ってダイナミックレンジも減りますが、とにかく長時間録音できるのはうれしいものでした。音楽番組が多かったのでテレビからよく録音をしていました。いまはもうないのですが、pink floydの箱根アフロディーテでのliveや、昔の後楽園球場でのgrand funl railroadのliveなど録音し、楽しんで聞いておりました。往復で録音ができて便利なのですが、欠点は編集できない事。編集したい時は、裏になにも録音する事はできなくなります。高校1年のとき文化祭でお化け屋敷をやったのですが、友人と(今はとっても有名なdirectorですが!)一緒にテ−プ編集にあけくれていた思い出があります。
当時は生録が盛んでしたから、意外とコンサートでも録音が可能でした。今で言うテーパーの走りですね。私はA-1400とMIC(たしかプリモ)を持って(といっても15kgくらいある)よくコンサートにいきました。電源を会場の人に分けてもらい、録音していたとおもいます。
さてカセットテープが出現して、とっても手軽に録音ができるようになりました。私がはじめて購入したポータブルレコーダーはカセットテープを使うSONY-TC2890SDというもの。大学の頃です(70年代後半)。MICはSONY ECM-23FというものをPAIRで購入。このころ私は世界民謡研究会なるクラブ活動をしていました。この23FをSTEREO BARにつけて、主にわらべうたの録音各地でしておりました。あとは港にいったり、海岸で波音を録音したり、まあ今とほとんど変わらない事をやっておりました。一番大変?だったのは、大学4年の夏休み(この時は音響技術専門学院の夜間部にいってまして)に九州の友達のところに遊びに行く時、「それなら電車で全部録音しよう」ということになり録音旅行をしたことです。東京から大阪までは銀河という急行に乗り、そこから先は各駅で乗り継ぎ、その日の家に九州に入る計画でした。大阪からずっと録音しっぱなしでいきました。その場その場で方言がどんどん変わっていくのがとってもおもしろかったのと、感激したのは関門海峡を渡った時、つまりトンネルに入りトンネルを出て九州に入った模様です。手に取るように状況が分る、ということに物凄く感動し、これが私の録音人生、つまりプロをめざすきっかけになった出来事でした。
音響技術専門学院の友達はさすがにマニアックで、DENON 710Fを持っている奴や、TECHNICSのRS1700-U、さらにAKAIもテープレコーダーを作っていましたので、そういう機種が話の中にいりまじっておりました。私はこの時代にはTEAC A-7400を持ってました。これは驚異的な音で、おもに自宅録音に使っておりました。まだマルチトラックレコーダーがなかったので、TC-2890との併用でDUBBINGをくり返し作品を作っておりました。
もうここまで来ると「録音ができるSTUDIOに入りたい」という願望が強くなり、目指す事にしました。ちなみに私は中央大学経済学部です。まったく!!で、で私が当時大好きだったGO AHEADというALBUMがあったのですが、そのALBUMが録音されていたのは音響ハウス。つまりここにいけば山下達朗さんに会える、という単純な理由で音響ハウスを目指します。当然音楽録音しか知らない私は、ここにはいれば音楽録音ができると単純に思っておりました。どうにか試験にも合格し面接時に”君は入ったらダビングをやってもらいたい、音楽のほうは大卒はだめなんだよねー、どうする?”入りたい一心でわかりました。大丈夫です。といって合格。これが私の人生を大きく変わる事になりました。ダビングってなに??
ということで第一回目は終わりです。今回のなかでいろんな用語、そして機材名がでてきました。これ是非調べてみて下さい。いままで全く知らなかった世界がそこにあります。とくにオープンリールテープの事、是非調べてみて下さい。私はDJなどもやっていますが、やはりアナログが皆音が良い、といってます。まあ聞いていてもCDとは歴然として違いますよね。ここらへんをしっていると、その知識が今の時代のレコーディングに絶対必要になってきます。ですので、来月までに勉強してみてください。
まあ古い話が何回かありますが、飽きずに読んで下さいねー。いま考えてみると、私小学校4年の頃と今とやっている事全く変わらないんですよねー。私の活動はHPでわかりますが、現在HPを改造中。アドレスが決まったら書きますので、しばらくおまちくださいね。では!!