AO FILED RECORDING HISTORY-2
さて2/11のsuper deluxeでのLIVEも無事に終わりほっとしています。私達”凪”というunitは、私がtrackの再生、synth,sampler,guitarそしてseiji君がviolin&realtime effect(by cue base)、drumsのtakeo君という3人のunitです。trackの再生にはいままで色々な製品をつかいました。korg tritonからsong再生、logic pro7によるもの、quick time(これけっこう音いいんです)、CD player,fairlight dubber,そしてなんとnagraまで、あらゆる物を試しました。ですが、なかなか思うようにいかず、、、今回はFostex PD-6で再生しました。基本stereo+clickの3track、surroundの場合は5ch+clickとなかなかコンパクトながら便利なんです。さらに一般的には何で再生しているかわからないので、とっても好都合です。そしてさらに今回はrecording用にPD606を使いline out+ambience mic(nuimann rms191s)にて収録をしました。では今回も始めましょう。今回は職人の世界です。
多彩な音色を奏でる“凪”の3人。 |
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| 録音に使用されたPD606。PD-6はステージ上に並べられ、シンセ等と一緒にAOさんの操作で演奏に参加!? |
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1、職人集団の音響ハウス 映写係
さて私がここに入社したのは1978年。驚くなかれ、まだ当時はstereoのTV放送がやっと始まったばかりで、TV欄にはstereoの文字がしっかり書かれていました。そんな時代です。
私はどうにかダビングをやります、ということで入社したのですが、当時はまったく意味がわからず、今で言うMAみたいなものですね。同期にはいろいろ優れた人がいましたが、今も良く会うオノ・セイゲン君がいました。みんなだいたい音楽のエンジニアを目指して入ってきます。そんな私達がやる仕事は映写係!?映写って何?そうなんです。当時は放送の素材もまだまだfilmの時代で、音響ハウスは音楽studioでも昼間はCMの仕事がとっても多く、各studioには35mm,16mmの映写機が設置されていました。CMの音楽を録音する時も、映画音楽の録音の時みたいに映像を映写しながら行うんです。いま考えるととってもお洒落で優雅な感じですよねー。この映写の仕事が新人の仕事だったのです。
入るまでまったくそんな事を想定していませんでしたから、全員真っ青になったのを覚えています。まあこれをやらないと先に進めないので必死に覚える訳です。だいたいfilmをかけかえる、なんてどう考えても1、2分くらいかかります。filmは映写しやすいようにloopになっていて、何回でも一度かけかえれば映写が可能です。この1、2分がとてつもなく長く感じるようです。映写室にはインターフォンが設置されていて、studioの中の様子が聞こえるのですが、映写機は恐ろしくうるさいので、なんだかよくわかりません。そんなときにいきなり”次はB typeね”などと先輩の声が聞こえてきて、すばやくfilmをかけかえねばならないのです。だいたい2、30秒くらいすると、"まだー"などと慣れないこちらをあざ笑うかのような声が聞こえてきます。1分もたってしまうと、先輩達は烈火の如くおこった形相で映写室に飛び込んできて”なにやってるんだよー、おせーな”などといわれ、とんでもないことになるんです。ということで必死に架け替えの練習をして、だいたい20秒以内に終われば、ものごと平和になっていきます。
2、一杯のマイクロフォンに埋もれて、幸せ??
そんな中、今考えればとても有意義だったのが”セット”と呼ばれる作業です。当時は16chのanalog multitrack recorderが入ったばかりで、音楽の録音は今のような形式ではなく、いわゆる同時録音と呼ばれるもので、全部の楽器が中に入り指揮者をみて演奏し、エンジニアはその演奏をものすごい勢いでバランスをとり、同時にMIXしていく形式でした。ですから演奏者の技量もしっかりした物がないとstudioではまったく働く事ができません。studio musicianがもてはやされたのもこの時代です。歌ももちろん同時ですので、おそらく今考えるととっても大変な仕事だったと思います。各楽器はパーテーションが切られていて、他の楽器への音漏れを少なくする方法がとられていました。
まあ大きいstudio(当時は1st)では全部l同時録音がよくありましたが、multiが入っているおかげで、同時にパラ回し、と言って、各楽器をばらでmultiにいれておいて、なにか大幅な変更点があれば、すぐにそこでMIXをやり直して作業は進んでいきます。基本はみんな一発でやりたいので、作業はどんどんシビアになっていきます。この作業でとっても大事なことは、当たり前ですけどマイクアレンジになってきます。ものすごいセットですと、4rythem(drums,bass,guitar,keyb)、percussion、synth(まあアナログモデルですね、seq patternなどは手弾きです)、hammondo(これも当然ですがレズリーというロータリースピーカー、よくplug inにはいってますよね)、marimba、glocken、strings 6-4-2-2(これは各楽器の数、これでいうとviolin 6,viola 4,cello 2,contrabass 2ということ、量によって言い方は変わる)、それから木管楽器(オーボエ、クラリネット、フル−ト等)、金管楽器(tp,tb,sax等)、あとはchorus、vocalでしょうか。こんな編成はよく1stでもあって、micの数やらstand,cableは莫大な量になります。
このsettingの作業に新人はかり出されます。だいたいCMの音楽録音の作業時間は1projectにつき早くて2時間、少なくとも6時間いないには大体どんなに複雑な作業でも終わらなければ、ダメなstudioと言われてしまいます。
エンジニアは大体ハウスの人間が2人でやりますが、setには多くの人間が必要になります。このときのsettingはやはり仕事の流れ上何回もやり直す事ができないので、おのおの必要なマイク、そしてマイクアレンジが肝になるわけです。選択を間違えたり、アレンジを数センチ間違えただけで、その仕事は失敗した、というところまで発展します。setをしながら、私達新人はミキサーのマイクアレンジを食い入るように見ながら覚えて行きます。ハウスの人ではなくfreeの有名なかたもやってきますので、そのときもしっかり見て、各mixerのマイクの好みやマイクアレンジを正確に覚えて行きます。そこで作業がしっかりできればsetでも先輩達は”今日のsetは誰々つけておいてねー”などと指名されるようになります。ここまでくるとsetもりっぱな仕事で新人ながらすこしづつ自信もついてくる訳です。
当時主に使われていたmicの例を書いておきましょう。
KICK→MD421 or RE-20、SNR→MD421、H.H→AKG 451EB、TOMS→RE-20、TOP→NUIMANN 87a
BASS→大体DIでCOUNTRYMAN、GUITAR→SONY C-38B or NUIMANN 47FET、KEY→DI
レズリーSP→SM57 or MD421、MARIMBA→NUIMANN 87a、GLOCKEN→AKG414
STRINGSと木管楽器→ほとんどNUIMANN 87a、金管楽器→RE-20 or SM57等
PERCUSSION→金物はAKG414 あとはSM57 or MD421等
3、重要なのはモニターバランス
さてアシスタントは、というとものすごく仕事量が多いんです。 setした楽器の名前をconsoleに間違いなく書いて行く、そしてファンタム電源を必要に応じて供給する、ある程度わかるかたはHAのlevelも大体setする。そしてなにより大切なのはモニターバランスです。
えっモニター??PAじゃないんですよね? という声が聞こえて来そうですねー。
現在のneve,SSLなどのコンソール(ミキサー卓)と違い、当時のコンソールはINPUT側とMONITOR側が独立しているものが主流で、現在のPAの様にMONITOR側でバランスをとることが当たり前の作業でした。ミュージシャンはCUE BOXをヘッドフォンやイヤフォンで聞きながら演奏します。CUE BOXの入力はあまり多くなく、MONO4系統+STEREO OUTというのがほとんどでした。アシスタントはこの4+STのCUE送りをしっかり判断し、演奏しやすいMONITOR MIXをつくることが優れたアシスタントの証でした。バランスが悪いと、即ミュージシャンに怒鳴られます!。よって適格に、そしてなにより大編成の場合は、もしかしたらMAINのミキサーより数段技量が上でないと難しい事がよくありました。まあこういう作業を経てアシスタントはバランス感覚を育てていったのだと思います。
4、ミックスは神業続出です!!
小編成でも同時録音はとっても難しいですが、上記のような編成ですと、もうみんな戦いをしているようなものです。楽器にマイクがつき、全てコンソールに立ち上がると、ミキサーは音をもらっていきます。ここでHA(ヘッドアンプ)のLEVELを決めていきます。必要に応じてリバーブなどかけながら、どんどん音色も決めていきます。当時はコンプレッサーなどはほとんど外付けですから、必要に応じてこれもチャンネルにインサートしながらどんどん作業は進んででいきます。この段階でRECORDING中にLEVELをいじるもの、そうでないものを見極めていく様です。
全てがある程度のバランスでとれたらリハーサルです。ミュージシャンもそうですがエンジニアも楽譜をみながらのリハーサルになります。当然立ち上がりフェーダーを細かくいじっていくという、まるでコンソールを演奏しているような姿になっていきます。とにかくバランスの取り方は全てが神業にみえるほどに当時のエンジニアの耳は素晴らしかったです。
この頃のメインのモニタースピーカーはJBLかALTECです。音響ハウスはJBL 4331Aを使っていました。AMPはマッキントッシュ。スモールモニターはほとんど意味がなく、とにかく大音量でRECORDINGをしていました。KICKが腹に響くくらいの音量でやるかたもいました。こんな中30秒のCMの世界を数時間で作り上げていく腕は、まさに神業としか言えませんね。
5、ダビングはさらに職人天国(次回)
さて音楽録音でさえこんな感じで、職人しかいない感じですが、ダビングの世界はさらにすごい人達ばかり。次回はそんな世界を御紹介します。今回はどの内容がFIELD RECORDINGにつながるのだろう?と言う感じですが、じつはSETの作業の時に私はよくSTUDIOの中にいる事がありました。当然邪魔にならない時を選んでですが、これはいろんな楽器の音を聞くには本当に良い機会で、マイクアレンジによって、どのような音がSTUDIOで鳴っているのかを確認するにはとっても良い現場でした。それがマイクの特性の把握など、現在のFIELD RECORDINGにおいて、マイク選択などの作業にとっても役立っています。すべてが自分の耳を頼りにして作業をしていた時代。本当に皆が音のプロだった感じです。
以外と説明が多くなってしまいましたので今回はここまで。来月お会いしましょうね。また良く分らない用語などは、自分でしっかり調べてみて下さい。では!!