AO FILED RECORDING GUIDE-2
ゴールデンウイークにはNO.9オーケストラのTOURを終え、ホッとしたのもつかの間、5/12には12CH SURROUND LIVEを行いました。会場のSUPER DELUXEは音の海に綺麗にうまり、来ていただいた皆様にはとても喜んでもらいました。写真はその時の模様です。久々にPAしながらのLIVEでしたが、なかなかおもしろかったです。そして5/18は渋谷FMでSUPER DELUXEのMIKEさんと番組ゲストとして収録に参加。初めてだったので感激です。もともとRADIOのディスクジョッキーを目指していましたから最高の気分でした。
-------------------- 1、波照間島の音 私が沖縄にはまったのは、今から約20年前。ちょうどstudioからfreeのエンジニアになりつつの頃です。まあ〜かなり色々なことで煮詰まっていた時期で、studioを退職した直後に沖縄に行ことにしていました。それも最南端の波照間島。大好きなpentaxのLXと多量のスライドフィルム、DATを持って旅立った訳です。マイクはたしかSONYのSTEREO MICだったと思います。特に目的は無かったのですが、この旅が今のfield recordingへの基礎作りとして大変役に立つことになりました。 現在の波照間島は色々な施設が出来て大分賑やかになったと聞いていますが、当時は何もないシンプルな島でした。何もやらない、やりたくない人が、自分の時間をつくるために来る島・・・そんなイメージでした。私が行った行動は、とにかく毎日島を歩くこと、そして毎日海に入る事でした。まあ海にはいる、と言うと、今ではサーフィンですが、この時は素潜り。シュノーケルとフィンだけを持って綺麗な海に入ってました。 島は本当に静かで、どこででも録音ができました。私はとにかく波の音を録音するのが好きでしたので、とても毎日が楽しみでした。島には幾つかの海岸が有り、砂浜の音がとても良いニシ浜、そのすこし奥のマンジュガハラ、ナリサの浜、東側の空港の下、北側の大泊、南側のペムチピナ、さらに枝道を入って行けば多数の録音pointがあるんです。mic standとカメラ三脚、そしてカメラバッグ、DATを持ちながら島を歩く姿は、炎天下で、かなり異常に見えたと思います。ですが、そんなことは気にせずに歩く訳です。毎日気が向いたところに行きDATを回したり撮影したり〜と思いのままに動いておりました。 私がBASEにしていた民宿は”けだもと荘”というところで、ミヨさんという方がやっている宿。結局ここには一ヶ月半もお世話になりました。毎日色々なお話を聞いていて、ある時ここのウタシャーが良いので聞いてみない?ということになり、民宿で聞けることになりました。その方が今も交流のとても深い、後冨底 周二さんだったのです。当時の彼は風貌もあいまって、とても恐い印象の人でした。さらに内地の人とはあまり話したがらないようだったので、けっこう緊張しました。ですが一度演奏が始まると、あたりの雰囲気は大きく変わりました。波照間島の唄を中心に演奏してくれました。こんなに小さい島にいろんな唄が残っていました。三線と唄、このシンプルな音、そしてそれを取り巻くAMBIENCEは録音屋の自分にとっては、この上もない最高の音との出会いだったのです。ですが当時、泡盛の飲み方を良く知らなかった私は、あっというまに良い気分になり、LIVEの途中で寝てしまったようです。 後日仲良くなってから聞いた事ですが、ひどく怒っていたそうです。その時に「毎年旧暦の御盆のときにムシャマーというお祭りがあるので、それは絶対に見て行きなさい」と聞きました。なんでも島中がお祭り一色になる、ということで私もぜひ見て行こうと決心した訳です。
2、ムシャマー 1)練習、練習 御盆は本番の約一週間前から始まりました。東、前、西と大きく3ブロックに分かれている島ですが、すべての作業はこの部落毎に動いて行きます。本番の午前中は行列といって、各部落から出し物を演じながら中央の舞台に集まって来ます。演目も各部落毎に全部違います。島の唄も部落毎に持ち唄があり、というか部落毎の唄があり、その唄には全部踊りが付いています。島にいるもの、そしてこの時期に島に帰ってくるもの、全員参加型のお祭りなんです。 DATを持ち、いろんな部落をまわってみました。この時期にはだいぶ島の人には私の顔が知れていて、録音していてもある程度大丈夫な環境ができていました。知り合った彼は西の部落のウタシャーでした。このムシャマーでは圧倒的に中心人物はウタシャー。踊りの練習に熱が入っています。それにしてもかなり激しい練習のように見えました。まあ人に見せる、というよりは奉納する、ということに近いのだと思いますね。東、西、前といろいろまわっているうちに、演じる曲が波照間島の曲だけではないことがわかってきました。ただし八重山民謡が中心であることもわかってきました。 沖縄民謡というと、とにかく明るい感じでカチャーシーを踊る曲が多いと思ってましたが、八重山民謡は本島の民謡と違い、なにか憂いのある、しっとりとした曲が多いようです。これをウタシャーが絞り出すように唄ったり、またはほとんど聞こえるか聞こえないかの音量でしっとり唄う、これらが複雑に組み合わさっていろんな曲があるようです。私は八重山民謡に段々とはまって行きました。そして毎晩の練習がこの上もなく楽しくなって来たのです。 2)本番 ついに本番の日を迎えます。御盆の中日が本番になります。初日は先祖をお迎えします。島にある公民館の横のガジュマルの木のそばに舞台が設けられていました。朝のチャイムが鳴ると、一斉に色々な方向から音が聞こえて来ました。ここにはそれぞれの部落から3本の道を使ってみんな歩いて集結します。私は全部がうまく録音できる位置に大体ついてみました。 部落毎の行列はかなり長く、一つの行列の先頭はミルク、と呼ばれる神様になっています。その後に色々な出し物がくっついて歩いて来ます。それぞれの出し物には音楽が付いていますから、行列が通ると音楽もどんどん変わってきます。これが3方向からきますので、まるでオーケストラのような状態になってきます。私は生音と録音されているDATの音を比較しながらマイクのポジションを少しづつ変えてみましたが、そのような行為は全く意味の無いことだとわかってきました。とにかく音の渦、渦、、、、、これを全部収録することはできない。あー録音家、失格。というか絶対に無理です。今ならホロフォンをもっていって5.1で録音できるな〜。 全部の行列が集約されると舞台で儀式がおこなわれます。そしてお昼。午後からは演目が始まります。 3)演目 さて午後は部落毎に演目を披露します。美しい衣裳にすばらしい演奏。それにしても八重山民謡の美しい事。そしてついにあの男の登場です。西部落の演目が始まりました。彼はコンダクターのように踊り手に目で合図をしています。唄には全て舞いが付いていて、唄の呼吸1つにも全てがシンクロするように舞いが付いています。彼も練習の時よりも更にpower upしていて、ものすごく演奏が熱くなっています。が、あくまで踊りが主のようです。踊り手は彼の唄、三線の音を頼りに演じて行きます。唄は時には熱く語りかけ、時には憂いに満ちた声で、見ているものを圧倒していきます。その場の空気は全く違うものになっていました。私はoffにmicを立てて録音をしていましたが、彼の声は十分に届いていました。 他の部落の演目でもウタシャーが良い声を聞かせていました。部落毎にヒーローのようなおじいちゃんやおじさんがいるようです。おばあたちがうっとりとして聞いている表情は、とてもすばらしいものです。 4)夏が終わって・・・ 色々なことがあり、夏が終わり、風速70m以上という台風も経験し、秋になったころ私は島を出ました。けだもと荘のおばさんとは、もう親戚のような状態になっていました。その後は毎年夏と暮れに訪れる事になっていました。いつの間にか島を訪れる度に観光客のお迎えもやるようになっていて、もうほとんどヘルパー状態。そんなある日、後冨底 周二さんとお話をすることになりました。 私は彼に質問しました。私が調べたところによると、ここ波照間島は昔は民謡の宝庫で100を超える唄があった、ということでした。ですが現在唄われているのは10曲程度。その理由を聞きました。無くなって行った理由は、口承伝承による衰退。ウタシャーが少なくなって、それを残しておく手段が乏しく、どんどん無くなって行った・・・ということでした。とくに演目でおこなわれている曲は踊りも付いていますので、誰かがなんらかの形で残していかなければならない、と彼は危機感を持っていました。さらに彼はムシャマーやいろんな行事でウタシャーとして活躍し、踊りに関しても詳しいので、彼がいない時期は踊りの練習ができない、などなど、いろんな悩みを話してくれました。 そこで波照間島の唄を是非録音しよう!ということになり、計画を立てることになりました。 5)field recording計画 私の希望は外で録音する事でした。この島のambienceを活かした写真集みたいなalbum、これを是非作りたい。この話を私の友人であるseigen onoさんに持ちかけ、ついにfield recordingによるalbum作りがstartしました。サイデラレーベルで出版が決まり、私は毎回島にいくたびにロケハンをして、場所を二人でどんどん決めて行きました。サイデラで出版する前にpreで作品を一つ作ることにしました。これがalbum“はてるま”で、限定200枚。録音は私ではなく、field recordingの師匠でもある時田和之さんにお願いしました。私はartistのケアとproduceに専念することにしました。 と言うところで、今回はここまでにします。来月はpreでつくられたalbum”はてるま”の録音手法、そしてサイデラからリリースされた“はてるま”の録音手法をお伝えしようと思います。今回はrecordingの技法とは違う話になってしまいましたが、お許しを(笑)。では来月もお楽しみに!!!