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FOSTEX設計エンジニアが語る、ヘッドホンの哲学
インタビュアー:山本 敦
フォステクスは、フォスター電機の音響機器メーカーとして、1973年に設立された日本を代表するオーディオブランドだ。続く1974年には、同社の全面駆動型平面振動板RPドライバーを搭載するヘッドホン「RPシリーズ」が誕生する。2024年に50周年という大きな節目を迎えたRPシリーズの歩みは、フォステクスによる音響エンジニアリングの歴史そのものとして言い換えることができる。
今回、筆者はフォステクスブランドのヘッドホンの音づくりを担当する、設計製造部 技術グループ 主査の内田博之氏にインテビューする機会を得た。内田氏は1989年にフォスター電機に入社後、2009年頃から本格的にフォステクスのヘッドホン開発に携わるようになったという、現在のフォステクスのヘッドホンを知り尽くすサウンドマイスターだ。
フォステクスが貫く「素直なサウンド」の原点
フォステクスのヘッドホンを語るうえで欠かせないのが、同社が独自に設計・開発から製造までを行う、「RP(Regular Phase)」技術を採用したドライバーユニットだ。高耐熱のポリイミドフィルムを振動板の基材に用い、その上に銅箔を独自のパターンを形成した構造が特徴だ。
平面振動板全体を規則正しい位相で駆動できることにより、フォステクスが理想とするサウンドを制限する。その本質的な魅力を、内田氏は次のように語る。
「フォステクスのRPドライバーは、音源に本来含まれている情報だけを極めて素直に再現します。圧を感じさせないクリアな低音も、その大きな特徴です。私はフォステクスが2014年秋に発売したプレミアムRPヘッドホン『TH500RP』の開発途中から、RPドライバー搭載モデルの開発チームに加わりました。本機のチューニングを重ねる中で、ヘッドホンのRPシリーズ、ひいてはフォステクスのオーディオが目指す“素直な音づくり”がもたらす体験価値と向き合うことになりました」
RPシリーズの歴代ヘッドホンはオーディオリスニング用としてだけでなく、世界のミュージシャン、あるいはレコーディングスタジオや放送局で音楽制作に携わるプロフェッショナルのためのモニターヘッドホンとしても愛用されてきた。その理由は、フォステクスによる一貫した誠実な音づくりに沢山の信頼が寄せられるからなのだろう。
受け継がれてきたフォステクスのサウンドとは
内田氏が日頃の音づくりで最も重視しているのは、技術的な数値以上に開発者自身の「感性」なのだという。
「なぜなら、自分が聴いて不快に感じるものは世に出したくないという思いが根底にあるからです。当社のどのヘッドホンを開発する際にも、最終的な判断基準は自身の感性に置いてきました」
サウンドの評価においても音楽シーンのトレンドに安易に流されることはない。これまで積み重ねてきた経験を土台に、一歩ずつ着実な進化を重ねてきた。
「サウンドを決めるうえで最新の楽曲を聴くこともありますが、基本とするのは日常的に聴き慣れたリファレンスソースによる評価です。新製品の開発においても、サウンドやユーザー体験が先代モデルから大きく逸脱しないよう意識しています。突飛な変化ではなく、延長線上で着実に進化させていくことが重要なのだと思います」
こうしたフォステクスの一貫した姿勢こそが、長年に渡り多くのファンを惹きつけてきたのだろう。
自社開発の強みが活かせるRPドライバー
RPシリーズは最新モデルの「T50RPmk4(マーク4)」で第4世代へと進化した。ドライバーは振動板の面積を変えず、パターン設計の見直しによる磁束密度の最適化を図っている。
「新しいmk4ではmk3(マーク)世代のドライバーをベースに、さらに踏み込んだ改善を図りました。特に磁気回路を全面的に再検討して、音圧感度を上げることに挑戦しました。結果として感度は5dB向上し、スマートフォンやポータブルオーディオプレーヤーでも使いやすい28Ωのインピーダンスに変更しています」
さらに、スペック上ではうたっていないものの、再生周波数帯域はいわゆる“ハイレゾ”をカバーする実力を備えた。
近年では特に、海外メーカーも平面磁界型ドライバーを搭載したヘッドホンの製品化に積極的だ。このような環境の中でフォステクスが差別化を図るために、重要な要素のひとつがRPドライバーの振動板も「自社で開発できる強みを活かすこと」なのだと内田氏は語る。
「海外に拠点を置く振動板メーカーの中には、振動板上の電流経路にアルミニウムを使う製品もあります。これに対してフォステクスのRPドライバーは、ポリイミドフィルム上に銅箔のパターンを形成する構造にこだわっています。銅箔はアルミニウムに比べて導電率に優れ、寸法安定性も高いことから、駆動力が得やすい利点もあります。コストは高くなるものの、こうした積み重ねがRPシリーズ特有の素直なサウンドや、入力信号に対する応答精度の高さにもつながります」
ゲーミング用途においても、応答精度の高さが活きてくる。フォステクスはRPドライバーを搭載するゲーミングヘッドセットを展開しており、これがコアなゲーマー層から注目を浴びている。専用マイクをプラスしたゲーミングモデルの「T50RPmk4g+」がその代表格だ。内田氏は、RPドライバーがゲーミングに適している理由を次のように説明する。
「RPドライバーは入力信号に対する反応が良く、サウンドの立ち上がりや立ち下がりの再現力にも富んでいます」
レスポンス性能の良し悪しは、一瞬の判断が求められるゲーミングコンテンツの勝敗も左右する。一般的なゲーミングヘッドセットと比較すると価格帯は高めになるが、そのぶん音の解像度や装着感といった観点からも高品質を追求しているという。
すべてのヘッドホンに共通する「こだわり」とは
フォステクスにはRPシリーズと双璧をなす、プレミアムクラスのヘッドホン「THシリーズ」がある。1.5テスラという極めて高い磁束密度を誇るダイナミック型の“バイオダイナドライバー”を搭載する密閉型の「TH910」と開放型の「TH919」を筆頭に、ハイエンドリスニング市場で不動の地位を築いている。
「THシリーズに関しても、音づくりの基本姿勢はRPシリーズと変わりません。先代モデルの評価を継承しつつ、丁寧なチューニングを施しています。例えば、周波数特性における若干のディップやピークを抑えて、なるべくフラットなバランスに近づけたり、製造方法を見直して細部の精度を上げるといった工夫を重ねています」
フォステクスのTHシリーズには、従来のバイオダイナ振動板によるダイナミック型ドライバーを採用するモデルのほかに、同社最新の平面磁界型ドライバー「Premium RP Driver mk2」を搭載するモデルの2系統が存在する。Premium RP Driver mk2では磁気回路を全面的に見直し、磁束分布の最適化が図られている。結果として振動板の駆動効率が高まり、より正確な応答性能を獲得した。
このプレミアムクラスのRPドライバーを搭載する現行最新モデルが、密閉型の「TH1000RPmk2」と開放型の「TH1100RPmk2」だ。
フォステクスのヘッドホンに一貫して流れるのは、「正確な音」を追求する姿勢である。そのうえで本体の設計にとどまらず、自社開発によるドライバーまで含めて一体的に最適化できる点が大きな強みになっている。
「メイド・イン・ジャパン」であることの矜持
フォステクスは「日本製のヘッドホン」をつくることに対する矜持があると、内田氏は語る。その象徴的なモデルが、ハードメープルに藍染めを施したRPシリーズの新製品「T60RPmk2ai(マークツー アイ)」だ。
内田氏は藍染めの美しさに惹かれ、フォステクスとして『メイド・イン・ジャパン』を強く打ち出したヘッドホンに採用したいと考えたことから、TH1000RP/TH1100RPの開発に着手した。
TH910/TH919のハウジウングは漆(うるし)塗りによるコーティングであるのに対して、TH1000RP/TH1100RPの場合は徳島の阿波藍を染料として、重ね染色によりハードメイプルのハウジングにひとつひとつ色を丁寧に染みこませている。これは音響パーツとしてのハウジングの特性を活かすために最良な手法でもあり、その技術をT60RPシリーズに昇華させた機種がT60RPmk2aiとなる。
近年の国内ヘッドホン市場では海外ブランドの台頭も顕著だ。内田氏は日本のヘッドホンメーカーとして、ユーザーとの間に強い信頼関係を結ぶことの大切さについても述べている。
「愛用するヘッドホンを購入することは、その金額にかかわらず、ユーザーにとって大きな決断です。フォステクスでは製品を購入していただいたすべてのユーザーのため、丁寧なサポートを通じた安心感を届けることにも力を入れています。製品の設計・開発からドライバーの自社開発に至るまで一貫して自社で行っていることの強みが、ユーザーとの信頼関係を築くことにも活きてきます」
こうした泥臭いまでのこだわりこそが、フォステクスが掲げる「メイド・イン・ジャパン」であることの矜持なのだ。
聴いてみたいと思わせるヘッドホンをつくり続ける
フォステクスのヘッドホンがこれから目指す方向についても、内田氏に聞いた。
「ヘッドホンブームが続く中で、いかに新しい話題を提供できるかが鍵」だと内田氏は考えを語る。ワイヤレス化への対応など、ヘッドホンリスニングのトレンドを幅広くカバーするための準備も進んでいるようだ。
一方で、音楽リスニングのスタイルや新しい技術のトレンドが移り変わっても、フォステクスが目指すヘッドホンリスニングの理想的な体験のあるべき形は変わらない。
「ユーザーが所有して嬉しいと感じたり、じっくりとその音を聴きたいと思わせるような、ヘッドホンの価値をこれからも高めていきたいと考えています。例えばリケーブルによる音の変化を楽しむといった、オーディオ本来の醍醐味を伝えることも私たちの役割です」
50年を超える歴史を持つフォステクスのRPシリーズは、今もなお進化の途上にある。内田氏のような情熱あふれる設計開発のスペシャリストの手によって、その伝統は体験の革新と結び付き、新たな感動を生み続ける。
筆者も今回、内田氏へのインタビューを通じて、フォステクスのヘッドホンがなぜこれほどまでに多くのユーザーに長く愛され、信頼を勝ち取っているのか、その理由が明らかに見えた。それは技術の裏側にある音づくりに対する誠実さとクラフツマンシップが、妥協なく製品に注ぎ込まれているからだ。
同社のヘッドホンは、これからどのような体験を私たちに伝えてくれるのだろうか。筆者もひとりのオーディオファンとして、その未来に大きな期待を抱かずにはいられない。
プロフィール
山本 敦
オーディオ・ビジュアル専門誌のWeb編集・記者職を経てフリー